『居酒屋』ゾラ

ボンジュール・フランス!

ヨーロッパと言えばフランス、フランスと言えばパリ。

凱旋門。エッフェル塔。セーヌ川。シャンゼリゼ大通り。コンコルド広場。ルーブル美術館。ノートルダム寺院。オペラ座。カルチエラタン。ポンヌフ橋・・・ エトセトラエトセトラ
有名な観光名所、目白押し。パリは街そのものが巨大な博物館だ。

フランス料理。カフェ。マルシェ。ワイン。チーズ。バゲット。クロワッサン・・・エトセトラエトセトラ
これだけしか出てこないのが食通でないことを明らかに示しているが、フランスには美味そうな食材が、目白押し。

フランス語。これほど美しい言語はないであろう、世界で最も完成度の高い麗しき言葉。

ぶっちゃけ、誰でも普通に思い浮かぶことばかりで情けない限りだが、とにかく、パリはわたしの憧れの地だ。

2008年夏。そんな憧れの土地を、わたしは会社の出張などという最高につまらぬ理由で、初めて訪れることになった。会社の金で、しかも考え得る限り最悪の上司の鞄持ちという不純な動機で。それはもうパリに対する冒涜である。パリが汚れる。当時のわたしは、出張を辞退すべきか否か、まじで葛藤していた。

しかし、給料をもらいながらヨーロッパ観光できる絶好の機会を拒否できるはずもなく、飛行機に乗り込んだわたし。次回、もっとまっとうな理由で訪れたときのために、なるべく素晴らしいところは見ないように視線を下に向けながら人生初のヨーロッパに降り立ったわたし。出張は週を跨ぎ、丸一日の休日を、よりによってパリで過ごすことになってしまった。なんたる運命。ええい、しゃらくせえ。わたしは会社員としての将来を捨てた。出張という名目を忘れた。恐らく、わたしの上司は、一日を通し出張者全員で行動を共にしようと考えていたであろう。そんな彼らの号令、ホテルのロビーで集合、を完全に無視したわたしは、朝っぱらから完全単独行動を決め込んだ。

パリの街は想像を遙かに超えていた。そのパリの圧倒的な美しさに全身鳥肌が立ち、一人泣きに泣いたわたしは(まじ)、将来はパリに住む、と半ば本気で考えた。以来、パリが舞台の小説は、たとえ自分の感性に響かないものでも、ブックオフへは売らずに蔵書にしていた。

がしかしここにきて、私は蔵書に対する見方を変えた。いつでも飛び立てる身になるには、身の回りの所持品を最小化しなければならず、その際、蔵書は邪魔になる。蔵書は、かつてわたしの人生そのものであった。しかし人生の見方を変えた今、それは手垢がつかないように手袋をはめて取り扱う大切な書物から、ただの紙の束に変わった。

以上、長い余談であった。


さて話は変わってエミール・ゾラである。ゾラの代表作『居酒屋』を読むのはこれで2回目。小説好きでパリ好きなら、本書を読んでいる人も多いかも知れないが、いちおう大まかなストーリーをさらっと。

主人公のジェルヴェーズは若くて美人でぴちぴちしたパリっ子。しっかりもので働き者だったが、男運が悪く、結婚する男する男、ぜんぶダメ男。ひも。働いても働いても、ダメ男たちにたかられ利用され続ける毎日。そして、彼女を心から愛し、大切に思ってくれた唯一の男、結婚するならこいつだろう、という男とはとうとう結婚できずじまい。途中でどうでもよくなって、人生を投げてしまう。売れるものはすべて売り払い、食べ尽くす。そして、しまいには一文無しになって餓死してしまう。
結婚相手を間違えると、人生が狂うという典型的な例。

この小説を1回目に読んだときは、くだんのパリ出張の前だった。従って、パリの地図はわたしの頭のなかにはまったくない。ということで、パリと言えば、あの凱旋門やエッフェル塔のある、いわゆる"ど"パリ、パリのど真ん中あたりだろうぐらいに思って読んでいた。っつーか、パリはわたしにとっては夢で、実在する都市だという感覚はなかった。だから『居酒屋』を初めて読んだとき、わたしはそんなに面白く感じなかったんじゃないかと思う。

というのは、『居酒屋』は退屈、という感想をもつ読者も少なくないように、『居酒屋』という小説は、いや、ゾラという作家は、トルストイやドストエフスキーのような大作家の大スペクタクル作品といった、強烈なインパクトに欠ける作品だ。どちらかといったら、サマセット・モームとかヘルマン・ヘッセといった、大人しめで、普通の人の普通の人生を普通にたんたんと描く系の作家だと思う。まあ、わたしはそんな普通な小説が好みだが。

2回目に本書を読んだとき、わたしの頭のにはパリの地図がしっかりと刻み込まれていた。紙の上だけでなく、方角とか、その界隈とか、建物とか、道とか、とても具体的に。そうすると、この小説の舞台は、主人公ジェルヴェーズの生活の中心は、どうやらパリの繁華街ではないらしい。凱旋門やエッフェル塔のあるパリの中心から方角にしてもう少し北の方、モンパルナスの丘あたりだ。
・・・という風にして、パリを思い浮かべながら読み進めると、非常に愉しい。

主人公のジェルヴェーズは大変な食いしん坊で、美味しいものをたらふく食べるシーンがいくつもでてくる。わたしは生来食いしん坊だから、食事の描写は大好きだ。著者のゾラは相当の食通だと思われ、彼の登場人物たちはとにかくよく食べる。お金がなくても主人公たちがものを食べている場面に行き当たると、自分までお腹が空いてきて、パンやソーセージやワインが欲しくなる。さすが作家、というか、生粋のパリジャン。

さらに、この小説には古きフランスはパリの庶民の暮らしぶりが詳細に描かれていて、パリというか、フランス史に興味のある人にも、かなり面白いと思う。

『居酒屋』を最大限に楽しもうと思ったら、パリという街の情報をどれだけ持ち合わせているかが勝負となる。これはパリのあの辺の裏道だなとか、これはあんな味がする食材だなとか、そんな具体的な知識だ。

ということで、とりあえずパリを訪れて、自分の足で、パリのメインストリートと言わず裏道の一本一本を、それこそ足が棒になるくらいに歩き回ってみる。そしてマルシェで食材を買い、パン屋でバゲットをゲットして手づかみで歩きながら食べる。フランス史の本を買って、カフェに座って読んでみる。サンジェルマン・デュ・プレ界隈のカフェテラスに陣取る勇気があれば最高だ。カフェ体験こそ、パリの醍醐味だし、歴史も勉強できて一石二鳥。

これがわたしのお薦めの『居酒屋』の味わい方だ。

2回目の遠し読みを終えたゾラの『居酒屋』は、わたしの蔵書から外れ、母親に贈呈される。
そして恐らく、本書を読み返すことは、生涯ないだろう。


posted by ヒロミシュラン at 08:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | 心に残る小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めてゾラの作品を読みました。人生観少し歪みます。頭の中はゾラ一色です。跛足のジェルヴィーズがまん丸と太っていく様はとてもチャーミングですね。荷風の『ふらんす物語』に惚れ込んだ私としては、ゾラが一辺に好きになりました。ゾラの作品でオススメがあったら教えて下さい。
Posted by 大坪 俊朗 at 2017年03月03日 12:50
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