『あなたの英語勉強法がガラリと変わる 同時通訳者の頭の中』 関谷英里子

関谷英里子氏は、今、何歳なのだろう。

しょっぱなから女性に向かって投げつける質問ではないかも知れない。関谷氏は、アル・ゴアやダライラマ、最近ではfacebookのマーク・ザカバーグといった世界の有名どころの同時通訳を手がけた、正真正銘のカリスマ同時通訳者だ。著書も何冊か出しており、読みやすく、つぼ(のみ)をおさえた内容構成は、活字中毒のわたしにはいささか物足りない気もするのだが(つまり、もっと彼女の言葉を聞きたい!)、とりあえず、彼女の著書はすべておさえている。

彼女の著書を読むと、カリスマ同時通訳と言えど、われわれ巷にあふれる英語学習者となんら変わらぬ努力を続けていることがよく分かる。私は彼女の英語に対する取り組み姿勢に、そしてそれを堂々と世間に公表し、カリスマのカリスマたらん、その神話的要素を自ら打ち壊そうとする正直さに、敬意をはらう。

タレ目にぽっちゃり顔という、一見とても可愛らしく頼りなげな彼女の見た目とは裏腹に、彼女の発する言葉は力強く厳しく、完全に地に足のついたものである。同時通訳という職業柄、彼女の出す本はすべて英語学習に関するもの。しかし巷にあふれるその手の学習本と一線を画しているのは、そのタイトルを見れば分かる。まず、「まえがき」と「あとがき」を読んで欲しい。英語の学習を越えて、彼女の人生観のようなものが感じられる。こういう境地に至るというのは、常日頃からたゆまぬ努力を続けているうちに悟ってしまったとも言えるが、ある程度の年齢を重ねなければこうは感じられないと思うのだ。

ということで、わたしの最初の投げかけに対する自分なりの回答は、
「少なくとも、40歳以上」
ということになる。んなこと、どうでもいいんじゃね、と言えばその通りだが。

さて「英語勉強法」について関谷氏がどの様に考えているか、彼女の頭の中をのぞいてみると、(当然、それは同時通訳レベルの話になるのだが)非常にシンプルである。このことを見ても、彼女の頭の中が如何に整理されているか、彼女の優秀さぶりが分かるというものだ。

通訳とは、ある言語で話されている内容を、別の言語に即座に置き換えていく作業。それにはスピードが要求され、文字で処理していたのでは間に合わない。そこで、彼女の頭の中では、英語は文字としてではなく、イメージでとらえられている。

同時通訳に必要とされる能力は、「イメージ力」と「レスポンス力」。これだけ。本書では、この2つの能力を鍛えるためのトレーニング方が、あらゆる角度から説明されていく。完成された書籍を読んでしまうと、「なるほど、そういうものか」で済んでしまうが、この非常にシンプルな分類に至るまでには、恐らく関谷氏の英語学習歴のすべてが投入されているはず。文字量の少なさの割には、重い本である。

まずは「イメージ力」。
関谷氏によると、イメージ力とは、「相手のことばを通して、その人が何を伝えたいのかを把握する力。文字やことばにとらわれずに"本質をとらえる力"」としている。つまり、それは人とのコミュニケーション能力ということになり、それは相手を理解する力ということになる。となると、これはもう英語学習に限った話ではなく、人間としての優秀さ加減ではないだろうか。言語というツールを越えた、人類共通のメタ言語を理解する力。これはぶっちゃけ、英語学習で身につくものではない。生き様、考え方の問題だ。

しかし凡人でも多少はイメージ力をつける方法がないこともない。一つひとつの単語の意味を丹念に調べ、その単語の意図するところをイメージとしてとらえることで、話者がその単語をもって何を言いたいのかを予測することができる。さらに、話されている内容を懇切丁寧にすべて忠実に訳すのではなく、重要なところを強調し、そうでもないことは思い切って切り捨てるといった裁量をきかせる。いずれにしても、人間として一定のレベル以上の能力をもった人が、相当の訓練をもってなしえる業だ。

そして「レスポンス力」。
これこそが、英語学習により上達が期待できる領域。ある意味、人間としてそれほど優秀じゃなくても、メタ言語を理解する能力がなくても、毎日コツコツとトレーニングを重ねれば、技術的には向上できる。具体的には、リーディング、リスニング、ライティング、スピーキングの4つの技術と、それを補完する文法と語彙力だ。

英語の習得に近道はなく、凡人もカリスマも同じく、この6つの技術を一つひとつ丁寧に学習していく。具体的な方法をここでは説明しないし、本書でもいくつかの例を挙げて述べているに過ぎないから、具体的な方法は各自が自分に合った方法を見出すしかないが、一つ言えるのは、英語習得はライフワークである。

1年や2年の交換留学制度に参加した程度ではお話にならない。4年間みっちりやってもまだスタート地点に立てたくらい。10年やそこらやってもまだ駄目。英語の習得とは、そんな気長な長旅だから、これはもう勉強という感覚ではやってられない。好きでなけれは続けられないから、つまりはその人の生き方なのだ。

学習のコツは、とにかくインプットとアウトプットを繰り返すこと。具体的には、読んで聞いて(インプット)、書いて話す(アウトプット)。10年か20年くらいひたすらそれを続けていれば、余程センスのない人でない限り、かなりの域に達するだろう。10年も20年も一人でやり続けるのは切ない場合は、facebookやTwitterで英語配信すればよい。わたしの友人もこれをやっているのだが、その効果は驚異的。英語だけにとどまらず、インドネシア語でもやっていて、彼の言語能力はどこまで行ってしまうのか、末恐ろしい限りだ。

参考までに、この6技術を鍛えられる非常に高品質な教材がある。CNNBBCなどのウェブサイトは言うまでもないが、TEDiTunesUの素材が秀逸らしい。プレゼンの達人が練りに練った原稿を何ヶ月もかけて練習した映像が無料で閲覧できる。音声だけでなく、英語や日本語のスクリプトも用意されていて、今のところこれに勝る教材はないと思われる。

ちなみに、関谷氏はかなりマニアックである。まさに英語ギーク(オタク)。普通の人なら、辞書を引くのが面倒くさくて、紙の辞書なんか使ってられないから電子辞書を使うところを、関谷氏は電子辞書も使うが、紙の辞書を「読む」ことに無類の幸福を感じている。分からない単語を引くのではなく、偶然目に入った単語まで丹念に調べる、その単語との「一期一会」性を、週末の楽しみとしているようなところさえ見受けられる。

こう見ると、カリスマ同時通訳は「なりたくてなる」ものではないようだ。自分の欲求に忠実に従っていたら、「なってしまった」というのが正しい。天才とギーク(オタク)は、何時の時代も何所の国でも紙一重のようだ。


posted by ヒロミシュラン at 07:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語をモノにする | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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