定年後の人生でうろたえないように

ちまたでは、弘兼憲史の本が、売れに売れているらしい。

弘兼流 60歳からの手ぶら人生
古希に乾杯! ヨレヨレ人生も、また楽し

課長 島耕作という漫画を耳にしたことがあろうだろう。実はあれ、この弘兼憲史が描いている。そう、弘兼憲史の正体は、漫画家だ。


課長 島耕作 全17巻完結セット

漫画家になる前、弘兼憲史は松下電器の社員だった。3年くらいそこで働いたが、サラリーマンは性に合わぬと早々に見切りをつけ退職。課長島耕作はその時の経験をネタにした作品。さすが、転んでもただでは起きない。自分の本当にやりたいことに向け、着々と歩を進める人物だ。

しかもこの弘兼憲史、料理の腕も相当なものらしい。始まりは、アシスタントたちへの賄いだった。外食や出前は金がかかり健康にも悪いと、毎日スーパーへ買い出しに行き、安くて新鮮な素材をゲット、その日の獲物をもとに、その日のメニューを決める。この人、間違いなく料理のセンスがある。料理本も出しているが、さすが、やることにそつがない。

弘兼流 60歳からの楽々男メシ

そんなマルチな才能をもつ弘兼憲史だが、ちまたで売れまくっているという本の中身は、ずばり、定年後の人生。社会人として半世紀近く働き、そこそこの蓄えもあり、年金も受け取りはじめる人生のフェーズ。つまり、「働かなくても食っていける」という状態だ。

別の言い方をすると、人は定年後になって、生まれて初めて「自由」を手にする。

自由とは、何をしてもいいし、何をしなくてもいい状態。すべては本人の意志次第。気力・体力・資金力があれば世界をまわってもいいし、なければ家に引き籠っていればいい。どのような生き方を選ぼうと、本人がよければ、他人がとやかく言う筋合いはない。

もはや満員電車に乗って会社へ行く必要はない。会いたくない人に会う必要もない。毎日が日曜日。サラリーマンだった頃、どれほどこの日がくるのを待ち望んだことか。いつか自分が死ぬその日まで、その膨大な時間、そしてコンスタントに入り続ける年金。

カネと閑。それまでの人生で、決定的に欠けていたもの。それらを手にした時、人は何を考え、どのように行動するのか。

最初は新鮮味があって楽しいかも知れないが、そんな状態もすぐに飽きる。キョウイクとキョウヨウの必要性を、この時ほど強く感じたことはないはずだ。
※キョウイクとは、「今日行く」場所。キョウヨウとは、「今日用」がある、のこと

その自由で、何をするか。

自由には、選択と責任がついてくる。ある意味、人が自由を手に入れた時、その人の真の実力が試される。人によっては、特にサラリーマンが板についてしまった人は、その自由が、とてもじゃないが自分の手におえないことを思い知らされることになる。

どうにも身動きがとれなくなった時、人は外に助けを求める勇気をもつべきだ。恥ずかしいとか、みっともないとか、そんなつまらないプライドは捨て、自分より上手く自由を乗りこなしている人に助けを乞おう。

実際、弘兼憲史の本が売れに売れているという現象は、自由をもて余している年金生活者が多いということに他ならない。あなたも例外ではない。自殺やうつ病など、もっての他だ。彼の本を読んで、1日でも早く楽になり、残された人生を、飄々と生きていこう。




posted by ヒロミシュラン at 12:10 | Comment(0) | あの作家の日常生活を覗く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする