親の介護をするということ

わたしの両親も、年金暮らしの身となって数年が過ぎ、毎日の生活パターンにも落ち着きと確信がでてきた。もはや、何をしたらいいかわからないとか、やることがないとか、海外旅行にいきたいとか、家を買い替えたいとか、そういうことは言わなくなった。

それもそのはず。なにを隠そう、両親は最近、離婚した。半世紀近く連れ添った末の離別。いわゆる熟年離婚だ。父も母も、もはや自分以外に頼る者はいない。父方の親は二人とも死んでおり、母方の親も、母親だけが生きているが、すでに90歳を越えており、先はそれほど長くない。幸か不幸か、わたしの両親は「親の介護」には無縁の人生で逃げ切ったようだ。

わたしはどうだろう。母はつくばの高級マンションに住み続け、年金をもらいながら、週3日は近所のケンタッキーフライドチキンでパートの仕事をしている。父は故郷に帰り、賃貸暮らしで、平日は株トレードをしながら、東証が休場な週末は、友人の農園の手伝いをしている。今のところ、父も母も元気だ。

元気といっても、2人ともまだ60代だから、元気なのは普通。しかしあと10年もすれば、間違いなく、体にガタがくるだろう。体にガタがくるくらいならまだいいが、頭にガタがくると、これは困ったことになる。お互い、違う県に住み、助け合うことはまずないだろう。そうなれば、介護者は私しかいない。

親より先に死にたい。

それがわたしの切なる思いだ。真剣に。つくばのマンションも、父親の株券もいらないから、先に逝きたい。めんどくさいことには巻き込まれたくない。介護のことは一先ずおいておくとして、遺産相続とか、めんどくさそう。わたしには姉がいるが、生活力ゼロ。親の世話ならいざ知らず、姉の世話まで見るのは御免こうむる。

逃げの人生。それがわたしの生き方。死ぬまでなんとか貫き通したい。

そんなある日、女ひとりで親を看取るという本が目にとまった。著者は、山口美江。若い人は知らないかも知れないが、昭和の人間なら、ご存じの方も多いだろう。しば漬けのテレビコマーシャルでブレイクした知的美女。ニュースキャスターであり、女優でもある、マルチな人気タレントだった。

知らないうちにいなくなったな、と思っていたら、本書を読んで驚いた。山口美江は、16才の時、母親を急性白血病で亡くし、46歳で父親を亡くしている。父親は70代に入った頃からアルツハイマー病を発症し、1年半の付きっきりの介護の末、病院で死亡。肺に食べ物が詰まったことが原因だった。

本書には、その1年半におよぶ父親の介護の様子が描かれている。山口美江の父マックスは、ドイツ人とのハーフ。兄ジョージと共に輸入業を立ち上げ、68歳で引退するまで、世界を飛び回って働くビジネスマンだった。40代で妻を亡くし、以後再婚もせず、独身の山口美江と2人きりで暮らす。

父親のアルツハイマーの兆候は少しずつ現われ、しかし1年もすると、夜中の徘徊が始まり、下の世話も一人ではできなくなっていく。ファッションセンスが抜群で、衣服だけなく、靴も靴下も季節に合わせアレンジするようなダンディーパパが、柄に柄を重ねて着るようになり、やがて服を着たまま風呂に入ったりもする。

また本書には、認知症患者を知るうえで、重要なことが書かれている。恐らく、山口美江本人も気づいていないだろう。呆けてしまった父のワールドに登場するのは、いつもパパとママと兄のジョージ。たまに兄ジョージの亡くなった奥さんもでてくるが、1度たりとも、自分の妻と、一人娘である山口美江を思い出すことはなかったという。

どこかの本で読んだ。認知症になった人は、辛い思い出から忘れていく。忘れたいこと、思い出したくないことから忘れていくので、本人的には、精神衛生上、都合がいい。従って、妻は夫のことを真っ先に忘れるが、夫は妻のことを、最後の最後まで忘れないという。

ということは、山口美江の父にとって、妻と一人娘は「辛い思い出」ということになる。父一人、子一人、40年以上も同じ屋根の下に暮らした山口親子。二人とも、全盛期はテレビなどのメディアに何度も登場し、今でいうセレブのような、恵まれた境遇にあるかにみえた美男美女。そしてその悲しい結末。

本書を読み終わり、山口美江の現在を知るべくググったところ、さらに驚いた。彼女はすでに、この世の人ではなかった。享年51歳。死因は心不全ということだが、つまり不明だ。

壮絶すぎる。

あれほどの美貌、あれほどの知性をもった多才な女性が、一度も結婚することなく、自宅で孤独死。ニュースキャスターや女優が務まるくらいだから、化粧やファッションは垢抜けていて美しいが、40歳の頃に栄養失調で病院に運び込まれたというから、食生活は乱れていたということか。

しかも、死亡直前の映像を見ると、容貌の激変が痛々しい。これがアラフィフの顔なのか?なんと言うか、老化しているというか、劣化しているというか、明らかに変形している。頬が醜くふくれ上がり、むくんでいる。胴周りは大きくなり、腹部も膨れているが、腕は、飢餓の子供のように細く、頼りない。老女のように

幼女のようにも見え、ある意味、普通の50代の人間に見えない。

山口美江に、いったい何があったのか。
それは、永遠に謎のままである。




posted by ヒロミシュラン at 12:10 | Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする